【今話題】ZOZOTOWN前澤社長の半生。庶民的なバックボーン

ZOZOTOWN前澤社長の半生。庶民的なバックボーン

数あるメディアサイトからトムニティ.comを閲覧いただき誠にありがとうございます。ライターの トム次郎です、よろしくお願いします。

物事には一見全く意味のないようなものでも、意味の無い事は何一つないと色々な経験を経て、そう思うようになりました。

不思議なもので有意義な経験や時間、一見無意味とも思えるような経験や時間、これらの点はいつか線で結ばれて先の未来を作って無意味と思える経験も後でなぜその経験をしたのか、ちゃんとわかるように点が線で結ばれる日がきっと訪れます。

さて、前置きが長ったらしくてそろそろ新手の宗教勧誘のパターンがばれそうなのでそろそろ本題(宗教のお誘い等は一切ございませんよ)

ZOZOTOWN前澤社長の人柄がわかるスピーチ

2009年2月 株式会社スタートトゥデイ2010年度新卒セミナーHELLOより

壇上に上がった前澤は茶髪でジーパンとTシャツにスニーカーとカジュアルで、ふんぞり返っているような感じはなく、新卒の若い子の肩の力を自然と抜けさせるようなラフな雰囲気は、前澤社長の配慮であったのかもしれません。

【スピーチ内容】

前澤社長

「昨日の夜、今日何言おうかなーと考えてあまり眠れなかったんですけど、今でもよく記憶に覚えてる高校生の頃から話をしていいですか。」

こう切り出した前澤社長は、高校生の頃の思い出話を展開していく。

みんなローファーはいてきたのに自分だけ真っ赤なニューバランスをはいてきて、今思えば小さな反抗とか抵抗の始まりだったのかもしれない

電車で一時間半位かけて学校に通ったが、電車の中の風景が大嫌いだった。つまらなそうな大人達が下向いて辛そうに通勤している姿を見てやりきれない思いになった事をよく覚えている。

高校一年生の頃は皆勤賞で学校に通ったが、高校二年生から学校に行かなくなった。週に1~2日行って、休んでいた間はバイトで土木作業員をして、夜は バンド活動。

高校卒業後は当時付き合っていた彼女の留学先に転がり込んだ形でアメリカに渡米。

趣味でレコードを収集していたが、次第に友達の分も用意し、それがだんだん広まって、カタログを作って通信販売事業をするまでになった。20歳頃。

バンドはメジャーデビューを果たすが、お金を意識する周りのとりまきが増えて、 バンドの意欲が低下し事業に専念する。

2001年9月11日アメリカの同時多発テロがきっかけで、こういう事が起きない平和な世界を作りたいと本気で思い、使命感のようなものを感じる。

僕の会社は戦争を無くしたい会社なので、企業理念を「世界中をカッコよく、世界中に笑顔を」と明文化。

企業理念をどう実現していくか、今も試行覚悟しながら事業活動をしている。

これがスピーチの前半ですが、ここまででも前澤さんの価値観や人間性が垣間見えるようです。

派手な部分がどうしても目立ち、世間ではやはりゴシップが売れるのでメディアはそういう所ばかり取り上げる、結果良いイメージを持たない人も多いかもしれません。

正直人間の裏や表はわからないし、利益の為に好感を売る事もあるので実際の所は前澤社長を本当によくわかっている方じゃないとわからないかもしれません。

でもこれだけは全力で共感。

戦争を無くしたい

この言葉は信じたいし、そうであってほしいと願うばかり。

今回のお年玉100万円総額1億円企画がきっかけで、大注目を浴びる事となった前澤社長。

たくさんの人に影響を与える立場が強くなったので、是非とも良い影響を振りまいて、少しでも企業理念を実現化していってほしいと願います。

まとめ

ガスが広まっていればほんの小さな火花がきっかけで大惨事に、ガスが逃げるような環境なら火を焚けば暖かい。

 

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